価値交換の記録#13 ~頼黄田の名前の由来~
簡単な自己紹介
大阪生まれ、兵庫育ち。
京都精華大学で4年間、日本画を学んだ後、一部上場企業に就職しました。
人事採用部で11年間、広報宣伝部で1年間勤務し、退職。
35歳で、それまでの人生を反転させるように、アーティストとしての活動を始めました。
2026年現在は、群馬県富岡市、妙義山の麓で日本画や彫刻作品を制作しながら、
「妙義アートハウス」という教室を開き、ペン習字、デッサン、日本画などを教えています。
人生を「反転」させる
私が「人生を反転させた」と言うのには、少し理由があります。
35歳までに経験してきたことが、今の活動の中で、まるで伏線を回収するようにつながっているからです。
会社員時代、人事採用の仕事で3,000人以上の人と面接をしました。
学生だった人たちが社会人になり、会社という組織の一員になっていく。
その人たちが、それぞれの持ち場で力を発揮できるように、人を採用し、育て、組織の中へ送り出していく。
私は11年間、その仕事を通して、
「人が社会の歯車の一部になっていく」ということを、かなり近くで見てきました。
ところが、会社を辞めた後。
今度は自分自身が、その「歯車」を外していくことになりました。
会社員として与えられた役割を手放し、肩書きや組織に頼らず、自分で仕事をつくり、自分の世界をつくっていく。
そこで初めて、
「社会の歯車からどうやって抜けるのか」
を、自分自身の身体で経験することになったのです。
かつては、人を社会の中へ送り出す側だったのが
今は、自分自身の人生を、自分の手に取り戻していく。
私にとっては、これこそが「人生の反転」であり、これまで蒔いてきた種の「伏線回収」なのです。
そして、この反転こそが、私にしかできないアーティストとしての切り口をつくっているのだと思います。
人事として人と社会を見てきたこと。
3,000人以上の人生の入口に立ち会ったこと。
組織の中で人がどう生きていくのかを見てきたこと。
それらはすべて、今の私の制作や活動の中に残っています。
だからこそ、私は「アーティストになるために、過去をやり直す」のではなく、
これまでの経験を内包し、「今」の視点から新たな視点を放っている。
それが、私にとっての「人生を反転させる」ということなのです。
「幸田頼子」から「ヨリコーダ」へ
活動名の「ヨリコーダ」も、そんな「反転」から生まれました。
本名の「幸田頼子」を反転させるようにして、
「ヨリコーダ」という名前をつくりました。
そして、退職後にもうひとつ、大きなことを知ることになります。
私の曽祖父が、台湾近代彫刻の先駆者として知られる黄土水(こう・どすい)だったのです。
黄土水に実子はおらず、祖父が養子となったため、私にとって黄土水は曽祖父にあたります。
「黄」は曽祖父から。
「田」は、祖父が帰化した際についた名字から。
自分のルーツを受け継ぎながら、これからの自分の活動をつくっていく。
そうして生まれたのが、
**「頼黄田ヨリコーダ」**という活動名です。
これまで歩いてきた道を、別の方向から眺め直してみること。
すると、バラバラだった出来事がつながりはじめる。
私にとって「アーティストになる」ということは、そんな人生の反転そのものなのです。
関連情報
頼黄田|YORECORDAR
日本画アーティスト,1986年生まれ群馬県富岡市在住,京都精華大学芸術学部日本画専攻卒業,12年間の会社員を経て,2021年よりアーティスト活動開始。代表作はUnUsアンアス。妙義アートハウスにてデッサン,日本画,ペン習字を教える。作品のご購入についてはお気軽にお問い合わせください。
| 屋号 | yorecordar.com |
|---|---|
| 代表者名 | 頼黄田 |
| info@yorecordar.com |